祢里と町衆
江戸が遺した、動く粋。
祢里とは
三熊野神社大祭で曳き廻される二輪の山車を、この地では「祢里」と呼びます。
高さ約6メートル、幅約2メートル。桜の花飾りに包まれた屋台の上で囃子が奏でられ、威勢のよい掛け声とともに、城下町の面影が残る横須賀の通りを進みます。
祢里は「一本柱万度型(いっぽんばしらまんどがた)」と呼ばれる、古い形式の江戸型山車の姿を今に伝えるものです。かつて江戸の天下祭を彩ったこの形式の山車は、発祥の地である東京ではすでに姿を消しました。今もその姿のまま町を巡るのは、横須賀とその近隣地域だけ。日本の祭り文化のなかでも、きわめて貴重な存在です。
一本柱万度型のかたち
祢里の構造は、その名のとおり「一本の柱」に集約されています。
二つの車輪と一本の柱 土台となる二輪の台車の中心に、一本の柱がまっすぐに立ちます。この簡潔で美しい構造こそが、江戸型山車の古い姿です。
万度(まんど) 柱の上部に取り付けられる、御幣を立てた飾りの枠。この山車形式の核心となる部分です。
山車(だし) 祢里の最上部には、縁起のよい景色や故事にちなんだ人形飾りが据えられます。この飾りを「山車」と呼び、その題材「外題(げだい)」は町ごとに異なります。
花飾りと提灯 屋台の周囲は満開の桜を模した花飾りで彩られ、夜には提灯が灯されて、昼とはまったく違う幻想的な姿を見せます。
★ここに構造がわかる写真(柱・万度・山車の位置が見える縦構図が理想)
13の町がそれぞれに掲げる外題については、「13基の祢里」で詳しく紹介しています。

「シタッ!シタッ!」——掛け声の由来
祢里を曳くのは、江戸の町火消の装束に身を包んだ各町の町衆です。
独特の掛け声「シタッ!シタッ!」は、参勤交代の「下に〜下に」が転じたものと伝えられています。囃子の音色、掛け声、そして車輪の軋み。祢里の巡行は、江戸の祭り文化がこの町に息づいていることを全身で感じられる時間です。
夜、提灯に照らされた13基の祢里が三熊野神社の境内に集う千秋楽は、大祭最大の見せ場です。

祢里を曳く「町衆」

祢里を動かすのは機械ではなく、町の人々の手と声です。
横須賀の13の町にはそれぞれ「組」の名があり、子どもから年配者まで、世代ごとに役割を受け継ぎながら祭りを担っています。祢里の準備、曳き廻し、囃子、そして片付けまで。祭りの三日間は、町そのものがひとつの組織として動きます。
大書された組名の祭半纏をまとい、綱を曳く町衆の姿もまた、祢里と並ぶこの祭りの主役です。
町衆がまとう装束の粋については、「江戸の粋を纏う『町衆』と伝統の『装束』」で詳しく紹介しています。

夜、13基が集うとき
三熊野神社大祭では、現在13基の祢里が巡行します。
それぞれの祢里は町ごとに所有され、装飾や人形に違いが見られます。
見比べることで、それぞれの個性を感じることができます。

祢里の動き、掛け声、そして町の人々の関わり。そのすべてが重なり合い、三熊野神社大祭の風景が形づくられています。
