三熊野神社

三熊野神社は、掛川市横須賀の総鎮守です。子授け・安産の神として知られ、三熊野神社大祭はこの神社の例祭として行われます。

このページでは、創建の言い伝え、横須賀とともに歩んだ歴史、境内の文化財、年中行事を紹介します。

基本情報

三熊野神社は、熊野三山の神を祀る、横須賀の町の総鎮守です。

項目内容
所在地静岡県掛川市西大渕5631-1
御祭神事解男命・伊邪那美命・速玉男命
創建大宝元年(701年)と伝わる
主なご利益子授け、安産、縁結び、災難除け
呼び名三社様
例祭毎年4月第1金曜日の翌々日(大祭の日曜日)
問い合わせ三熊野神社 0537-48-2739

総鎮守(そうちんじゅ)とは、その地域全体を守る神社のことです。御祭神(ごさいじん)は、神社に祀られている神様を指します。

神社は、小笠山から南へ延びる丘陵のふもとにあります。江戸時代には「三社様」「総社」などと呼ばれ、親しまれてきました。

創建の言い伝えと熊野三山

三熊野神社は、文武天皇の皇后の安産祈願に由来すると伝えられています。

神社に伝わる縁起によると、皇后は子を授かる際、紀伊の熊野権現に祈りました。無事に男児が生まれたら、東の地に熊野の三社を勧請すると約束したといいます。生まれた男児が、のちの聖武天皇です。

縁起(えんぎ)とは、神社の始まりを記した言い伝えや文書です。勧請(かんじょう)とは、ほかの神社の神を分けて迎え、祀ることです。

文武天皇は約束を果たすため、奥野左衛門是吉太夫という神職を遠江国に遣わしました。是吉太夫は三社にふさわしい場所を探し、次のように定めたと伝えられています。

神社熊野三山での役割所在地
三熊野神社本宮(熊野本宮大社)掛川市西大渕
高松神社新宮(熊野速玉大社)御前崎市門屋
小笠神社那智(熊野那智大社)掛川市入山瀬

この3社は、紀伊の熊野三山になぞらえられています。ただし、紀伊の熊野三山が成り立ったのは11世紀の終わりとされます。このため、縁起の内容は史実ではなく、言い伝えとして受け止められています。

浜に着いた神と、粟飯の言い伝え

縁起では、神を乗せた船は大宝元年8月4日、雨垂の洲崎という浜に着いたとされます。雨垂は、今の掛川市大渕にある地名です。翌日に仮の御神殿へ移し、9月9日に今の場所へ遷宮したと伝わります。

船が着いたのは粟の収穫期で、人々は粟飯を供えて神を迎えたといいます。この故事にちなみ、今も旧暦8月1日の「八朔の祭り」では、神前に粟飯と粟の穂が供えられます。

横須賀の総鎮守としての歩み

三熊野神社は、中世から武家の保護を受け、江戸時代には横須賀藩の総鎮守となりました。

時代主なできごと
鎌倉時代北条時政が社殿を再建したと伝わる
建武2年(1335年)新田義貞が戦勝祈願に立ち寄り、神鈴を奉納したと伝わる
南北朝時代戦乱で衰え、一時は小さな祠のようになった
天正2年(1574年)徳川家康の命を受けた大須賀康高が社殿を再建
江戸時代横須賀藩の総鎮守となり、歴代の藩主が社殿の修理や奉納を重ねる。徳川家光の朱印状などで、社領20〜30石が保証される
明治元年(1868年)「三熊野神社」に改称
大正13年(1924年)県社に昇格
平成12年(2000年)鎮座1300年の式典。13基の祢里が境内にそろう

朱印状(しゅいんじょう)とは、将軍が朱色の印を押して出した公文書です。社領(しゃりょう)は、神社の運営を支えるために認められた土地を指します。県社(けんしゃ)は、戦前の制度で県が格付けした神社の位です。

江戸時代の横須賀藩主は、鳥居や玉垣、社殿を次々に奉納・修理しました。城下の人々にとっても、三熊野神社は氏神として身近な存在でした。

境内の見どころと文化財

境内には、県と市が指定した文化財が残っています。

本殿と立川流の彫刻

いまの本殿は、安政元年(1854年)から翌年にかけて建てられたものです。屋根は入母屋造で、もとは柿葺でしたが、昭和6年(1931年)に銅板葺に改められました。1996年に静岡県の有形文化財(建造物)に指定されています。

本殿には、諏訪の名工・立川昌敬による彫刻が施されています。題材は、子持ち龍・上り龍・下り龍や、鶉と粟などです。県は、色を塗らない白木の立川流建築として、県内でも貴重な例だとしています。

入母屋造(いりもやづくり)とは、上部が切妻、下部が四方に屋根が流れる、格式の高い屋根の形です。柿葺(こけらぶき)は、薄い木の板を重ねて葺いた屋根です。

本殿の正面には舞屋があり、大祭では地固め舞や囃子が奉納されます。

絵馬・天狗面・狛犬

神社には、江戸時代の絵馬44点がまとまって残っています。藩主・本多利長が奉納した三十六歌仙図や、藩のお抱え絵師・大久保一丘の「弁慶図」「富岳図」などです。この44点は、静岡県の有形文化財(絵画)に指定されています。

寛文10年(1670年)の銘がある天狗面(猿田彦の面)と、延宝7年(1679年)に町人が奉納した狛犬は、掛川市の指定文化財です。天狗面は、神輿の行列を先導する猿田彦の面で、この頃にはすでに神輿の渡御があったことがうかがえます。

境内には、子授けや安産を願う絵馬も多く奉納されています。

境内社

境内には、天満大自在天神社(天神社)、諏訪神社、奥野神社の3社があります。

境内社祀られている神・人物
天神社菅原道真
諏訪神社大国主命、建御名方命
奥野神社創建の言い伝えに登場する奥野左衛門是吉

境内社(けいだいしゃ)とは、神社の境内にある小さな神社のことです。

年中行事と大祭

三熊野神社大祭は、この神社の例祭として行われます。

例祭(れいさい)とは、その神社で年に一度行われる最も重要な祭りです。三熊野神社の例祭日は、4月の大祭期間中の日曜日です。この日は神輿の渡御や神子抱き、地固め舞・田遊びの奉納が行われます。

大祭のほかにも、次のような行事があります。

  • 八朔の祭り:旧暦8月1日。西大渕の氏子総代が粟飯を作り、粟の穂とともに神前に供え、参拝者にも配る
  • 中祭:秋に行われる祭り。男の子の稚児が、太鼓や鉦の演奏に合わせて「おちんとんどん」と呼ばれる神楽を奉納する

神輿の渡御や神子抱きなどの神事は「神事と伝統芸能」で、大祭の3日間の流れは「行事と日程」で紹介しています。