祢里(ねり)を動かしているのは、各町の町衆です。年齢ごとに役割が決まっていて、祢里の上で太鼓を叩いているのは主に子どもたちです。
このページでは、町衆の役割、装束、会所でのやりとり、1年の準備を順に紹介します。当日、祢里のまわりの人たちに目を向けると、祭りの見え方が変わります。
祢里のまわりにいる人たち
祢里の上・前・まわりで、年齢ごとに役割が分かれています。
横須賀の13の町内は、それぞれ「い組」「ろ組」などの組名を持ち、自分たちの祢里を曳きます。町内の中では、おおよそ次のように役割を分けています。
| 役割 | 主な担い手 | 主な役目 |
|---|---|---|
| 曳き手 | 主に30歳くらいまでの青年 | 祢里を曳く |
| 練係(ねりがかり) | 50歳程度までの男性 | 巡行の警備と差配 |
| 中老・顧問 | 50歳以上の人 | 町内の祭りを支える |
| 総代・副総代 | 50歳以上の人のまとめ役 | 町内の祢里行事全体を取り仕切る |
| 大太鼓 | 小学校高学年〜中学生 | 祢里の上で囃子を奏でる |
| 小太鼓 | 主に小学生 | 祢里の上で囃子を奏でる |
| 笛 | 氏子地区の外の笛吹き | 祢里の上で囃子を奏でる |
| 手古舞 | ひょっとこ・おかめは主に小学生 | 祢里の上で踊る |
青年のトップは幹事、練係のトップは取締と呼ばれ、それぞれ副役が補佐します。総代は区長を兼ねるのが基本です。河原町と西大渕は総代が2名で、西本町は総代と区長が別の人です。
氏子(うじこ)とは、その神社の地元に住み、神社を支える人々のことです。三熊野神社大祭では、囃子の笛は氏子地区の外の人が吹く習わしがあります。
「シタッ!シタッ!」と蛇行して曳く
曳き手は、祢里の前に突き出た2本の棒を握ります。この棒を「枠(わく)」と呼びます。「シタッ!シタッ!」の掛け声と囃子に合わせ、小刻みに足を踏みながら蛇行して曳きます。
祢里が通りを左右に振れながら進むのは、この曳き方のためです。見物するときは、道の端に寄って距離を取ってください。
祢里の上の子どもたちと手古舞
祢里の上の太鼓は、主に子どもが担います。大太鼓は小学校高学年から中学生、小太鼓は主に小学生が叩きます。
手古舞(てこまい)は、面をつけて祢里の上で踊る芸能です。多くの場合、ひょっとこは小学生の男子、おかめは小学3〜5年生の女子が務めます。
町内によっては、青面(あおづら)、般若、鴉天狗(迦楼羅)の踊りもあります。青面は子どもが、般若と鴉天狗は主に青年が踊ります。面の種類については「祭りの音と芸能」で紹介しています。
近年の変化
近年では、女性や高校生も曳き手に加わるようになっています。
装束と組名
町衆の装束は江戸の町火消をまねたとも言われ、法被の柄を見るとどの町かがわかります。
装束の組み合わせ
祢里行事に参加する人は、原則として次の装束を身につけます。
- 下半身に股引(ももひき)と白足袋
- 上半身に腹掛けと肉襦袢
- 頭に捩り鉢巻
- 最後に、町内そろいの法被を羽織る
股引は、脚にぴったり沿う細身のズボン状の衣服です。腹掛けは、胸から腹を覆う前掛けのような衣服です。肉襦袢(にくじゅばん)は、肌に密着する薄手の下着です。捩り鉢巻(ねじりはちまき)は、手拭いをねじって頭に巻く鉢巻です。
組名と法被の柄
各町内の組名は、江戸の町火消「いろは四十八組」を手本にした可能性があります。ただ、江戸時代の記録には組名がほとんど見られません。明治時代以降に付けられた可能性が高いとされています。
法被の柄は町内ごとにそろえられています。たとえば、い組(西本町)は「輪ちがい分銅つなぎ」、ろ組(東本町)は「呂つなぎ」です。13町すべての柄は「13基の祢里」の一覧表にまとめています。
会所と役太鼓
土曜日の役廻りでは、祢里が各町の会所の前で止まり、挨拶と役太鼓を交わします。
会所(かいしょ)は、大祭の期間中に各町内が設ける拠点です。町内の役員が詰め、ほかの町の祢里を迎えます。
大祭2日目(土曜日)の「役廻り」では、各町の祢里が自分の町以外の会所12か所をすべて回ります。会所の前で祢里を止め、役員と挨拶を交わし、役太鼓を披露します。役太鼓は、昇殿・鎌倉・四丁目の3曲からなる儀礼用の囃子です。
このとき、ひょっとこ・おかめ・青面の手古舞が、役太鼓に合わせて祢里の上で踊ります。令和8年の役廻りは、土曜日の11時から17時でした。
町衆の一年
準備は1月半ばから始まり、祭りの翌朝の片付けまで続きます。
| 時期 | 主な準備 |
|---|---|
| 1月半ば | 稽古場で、造花に使う花を染める「花染め」 |
| 2月 | 花が乾いたあと、花作りを再開する |
| 3月 | 太鼓と手古舞の練習。祢里の部材を点検する |
| 3月半ば〜下旬 | 祢里の乾拭きや、車輪へのグリス塗り |
| 大祭前日の夜 | 多くの町内で、練習の成果を披露する「稽古上げ」 |
| 大祭の3日間 | 巡行、役廻り、千秋楽 |
| 千秋楽のあと | 祢里を解体し、祢里小屋に収める |
| 大祭の翌朝 | 片付けと町内のゴミ拾い |
稽古場は、ふだんは公民館や公会堂として使われる建物です。大祭に向けた集まりで使うときに、この名で呼ばれます。花は、祢里を飾る上花・下花と、町内の各家に配る門花(軒花)を作ります。
翌朝の片付けのため、仕事を休む人も少なくありません。その後、各町内で「たすきぬぐい」「たすき脱ぎ」などと呼ばれる直会が開かれます。直会(なおらい)とは、神事のあとに関係者が集まって飲食をともにする場です。
子どもたちへの引き継ぎ
子どもたちは稽古場で太鼓や手古舞の練習を重ねます。大祭前日の稽古上げでは、その腕前を町内の人々に披露します。
一部の町内には「衣裳付(いしょうづけ)」という習わしがあります。法被・腹掛・股引・三尺・手拭と書いた半紙に子どもの名前を入れ、その子の家に届けます。祭りへの招待状のような意味があると考えられ、その家からは祝儀を受け取ります。
祢里の巡行は、こうした町衆の1年がかりの準備の上に成り立っています。各町の祢里と外題は「13基の祢里」で、見物の注意点は「見物のマナー」で紹介しています。
